空に向かって落ちる話

この国では、全てのものが空に向かっています。いつからそうだったのかわかりませんが、聞いた話だとひいお爺ちゃんのひいお爺ちゃんの、そのまたひいお爺ちゃんの頃からこうなんだそうです。教科書には木から浮いたリンゴが青空に吸い込まれていく絵が描いてありました。青空に小さくなっていく赤い点を見て、空から力が働いていることに気が付いたんだって。

だから、君のところだと「重力」っていう地面に引っ張られる力があるって聞いて驚きました。だって頭の上に空があるってことでしょ?全然想像できないなぁ。いつか行ってみたいです。でも、空に吸い込まれる心配がないのは良いかもしれないけど、いつまで経っても空に手が届かないってことだものね。空はどうやって飛ぶんですか?空から糸で引っ張るのは難しそうです。飛行機?何ですかそれは。空を飛ぶ機械?その、重力?に対する支えは?えっないの?!魔法でも使ってるのかな・・・ますます行きたくなりました。

着きました、ここが僕の家です。良いでしょう、市長の家を除けば、この街で一番空に近いんです。このワイヤーが気になりますか?これを地面に固定して家をつるすことで、空に吸い込まれることなく固定できるんです。ワイヤーの技術が開発されるまでは、みんな空に吸い込まれる恐怖におびえながら地中に家を掘って暮らしていたそうです。それでもやっぱり青い空は魅力的だったから、今ではみんなこうして、ワイヤーを使って青空の真ん中に家を垂らしているんです。お爺ちゃんには反対されましたけどね。「空の恐怖をなめとる!」ってね。お爺ちゃんは今も地中に住んでますよ。

もちろん、床は全部透明です。青空じゃない時はどうするのか、ですか?夕焼けはきれいですよ。えっ、そういうことじゃない?あめ?なんですかそれは。空から水が?へぇー!しかもそんなに降るのですか。面白い国もあるものですね。空から水なんて降ってきたら大変じゃないですか?びしょびしょになるでしょう。そんなに水浸しになっていたら、すぐ家なんか腐ってしまいそうです。こんな、こんな遥か遠くの空から何か飛んでくるだなんて・・・怖くありませんか?空に吸い込まれるよりよっぽど恐怖を感じます。

空に吸い込まれたものがどうなるか、ですか。実はまだわかっていないんです。色んな科学者が調査をしに空に降りていきましたが、一体どこまで続いているのかもわかりません。君の国だと、わかっていたりしませんか・・・そうですか、やはり無限に続いているのですね。あれ、もしかしてそちらでは太陽が頭の上にあるのですか?やっぱり!そうしたら、影が自分の下にできるということですか。足にくっついてるんですか?確かに、考えてみるとそうなりますね・・・自分と同じ動きをするものがぴったりくっついていたら気になりませんか?ここではほら、地面に影ができますから。頭上で手を振ってますよ、こんな感じ。

あ、ということは、寝るときに月光でできた自分の影と対面することもないんですね。「月の双子」なんて僕らは呼んでますけどね。今日は満月ですから、綺麗に見られるかもしれません。とりあえず、今日はもうお疲れでしょうからゆっくりおやすみください。この部屋は自由に使っていただいて構いませんから。それではまた明日、太陽の降りてくるころに。