声かけ実験の話

「ありがとう」と毎日声をかけたごはんはいつまでも綺麗なままだが、「ばかやろう」と声をかけたごはんは早く腐る。無視をしたごはんはもっとひどい。

なんて実験、時々見かける。先日は「ありがとう」と無視のバージョンだったが、ありがとうごはんは5か月も腐らずに残り、発酵して麹のようないい香りになっていた、とか。無視していたごはんはすぐにどろどろに腐ってしまったという。

正直うさんくさい。ごはんに言葉が通じるのか。そもそも無視って、普段の生活でほとんどの食べ物に対しては無視してるじゃないか。「ばかやろう」ですらごはんに掛ける人はいないだろう。無視をしたごはんが一番早く腐ってしまうんだったら、今度から長持ちさせるために「ばかやろう」でもいいから話しかけた方がいいことになる。もしそういった言霊を信じる人のいうことが本当なら、保存という面から考えれば、無視したごはんよりも「ばかやろう」と声を掛けたごはんの方が早く腐るんじゃないか。「暴言を吐きかけるのもひどいけど、無視が一番ひどいんです。いじめは良くない」という結論だと道徳的になるけど「ごはんを長持ちさせるためには暴言でもいいから話しかけた方がいいことになりました」だととたんにアホっぽくなる。

それに、大抵サンプル数が極端に少ない。「ありがとう」と声を掛けるごはんも「ばかやろう」と声を掛けるごはんも1つずつだ。偶然の偏りを全く排除できないじゃないか。たまたま「ありがとう」と声を掛けていたごはんの方が長持ちしました、というだけの可能性を否定できない。なんて思って見てる。

 

でも、大抵目にするそういった実験、「ありがとう」の方が長持ちしたという結論になっている気がする。実は偏りがあるんじゃないか?もし本当に声かけで腐敗を抑えられるんだったら大発見である。腐敗は細菌の増殖によるものだけど、言葉の内容で腐敗が変わるとしたら、言葉を理解できる細菌がいる可能性がある。もしくは、ごはんの方が言葉を理解していて、細菌の繁殖を抑える物質を出したり出さなかったりしているのかも。他には、言葉は理解していないけど言葉ごとの周波数とか音程とかが奇跡的な影響をして、細菌の繁殖や繁殖を抑える物質の出方が変わるとか。いずれにせよ、今のところ明らかになっていない何らかの効果が言葉によって生み出されている可能性がある。

もし本当に言葉によって腐敗を抑えられるんだったら、病気も防げるかもしれない。風邪をひきそうになったらのどにむかって「ありがとう」と声かけをすることで病原菌が繁殖しなくなって風邪が治るとか。風邪くらいだったら大した発見にならないけど、もし肺炎とか手術後の傷口の化膿とかを防げるならものすごく役に立つだろう。この人は腎臓が悪いからこの抗生物質使えないんだよね、という人も「ありがとう」と声かけをすることで病原菌を倒せるのかもしれない。声かけが腐敗を左右するなら、道徳的な意味以上に生物学的・医学的意味が大きいと思う。「ありがとう」という言葉に腐敗の抑制作用があることがわかりました、となったらノーベル医学・生理学賞とか取れるんじゃなかろうか?わたしが受賞は「ありがとう」という言葉を生み出した日本人のおかげです!ありがとう!

 

さて、生物学的・医学的大発見が隠れているかもしれないし、自分でも実験してみようか、とも思ったのだけど目の前でごはんが腐っていくのを見るのはつらい。実験設備や環境を整えるのも難しそうだったので、すでに実験している人の例をたくさん調べてきて分析するという方法を取ってみようと思う。ちなみにすでに書かれたたくさんの論文を集めて分析する、というタイプの研究手法はシステマティック・レビューと呼ばれています。カッコいい。検索によって16件の「実験」報告が見つかった。本当のシステマティック・レビューはちゃんとした検索方法とか解析方法とかあるんだろうけど、さすがにそんなプログラムは持ってないし組めないからエクセルにまとめるだけに。報告ごとにばらつきが大きすぎるのでそもそもちゃんとした分析にはならないからエクセルくらいがちょうど良いけど。

16件の参考URLを片っ端から並べておきます。

【大発見】リンゴに罵声を浴びせ続けると早く腐り、褒め続けると腐らない | netgeek

ありがとうと無視|ぎふてっど

ABCDEFG・不思議物品研究室・「ありがとう」と「バカヤロー」と「ご飯」の実験

ABCDEFG・不思議物品研究室・「ありがとう」と「バカヤロー」と「電池」の実験

光雲ルチルクォーツ ごはん実験!ありがとう実験のスタート!

波動注意報 - ご飯に声かけ実験01

みかんの実験その後・言葉のエネルギー|代替医療師Vanillaのブログ

ご飯に”プラス言葉”と”マイナス”言葉をかけました|村田ボーリング技研株式会社

ご飯に声かけ - ご飯に声をかけ続けて一方は「ありがとう」もう... - Yahoo!知恵袋

罵声を浴びせたら柿やみかんが早く腐るのか実験するよ! - Togetterまとめ

JAいわてグループ | ごはん・お米とわたし

ありがとうの本質 | びんちょうたんコム

@nifty:デイリーポータルZ:コシヒカリに英語が通じるか

http://nogreenplace.hateblo.jp/entry/2014/11/28/110224

http://www.chem.ous.ac.jp/~takahara/circle/pic050805.html

全体的にページが古い。たぶんこの「ありがとう」実験が流行ったのが2005~2008年くらいなんだと思われる。ひとつページが被ってるのでURLは15個しかないけど。集計するとこんな感じ。

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実験主体、というのは誰がやったかによって結果の見方が違うだろう、と思ったので入れたのだけど、「スピリチュアル企業」とかは完全にこっちの主観が入った書き方なのであんまり意味はなさそう。やっぱりサンプル数が1とかがほとんどなのだけど、時々サンプル数が多いものが混じっている。腐敗数については当人が腐ったと言っているかどうかではなくこちらで一貫して判断しました。明らかに腐ってはいる、という場合でも明確に両者に差があった場合は腐敗数の欄にカウントしませんでした。

「どちらも腐った」としか書いてなかったYahoo!知恵袋の回答は計算にいれないけど、腐敗率を計算してみると

・プラスの言葉を掛けた場合:88%

・マイナスの言葉を掛けた場合:100%

・無視した場合:94%

となりました(電池は除いています)。プラスの言葉を掛けた時の、無視した場合(というか普通に保存した場合)に対するリスク差は-6%。プラスの言葉を掛けた方が6%ほど腐りにくい、という意味ですが、95%信頼区間は-15%から8.6%なので、今回効果が出たのはたまたまだった、という判定になります(合ってると思いますが違ったらご指摘ください・・・)(95%信頼区間の説明についてははしょりますが、95%の確率でその範囲の結果になります、というとわかりやすいと思います。厳密には違うので統計屋さんには怒られそうですが)。ところがプラスの言葉を掛けた時の、マイナスの言葉を掛けた場合に対するリスク差は-12%で、95%信頼区間は-21%から-3%です。統計的にみても意味のある効果が出た!実際に、「ありがとう」と「ばかやろう」では効果に違いがあるようだ。計算自体は、専門の人に怒られそうなやつなんだけどお許しください。

 

もうちょっと詳しくみてみよう。上の計算は全部の実験をおんなじものとしてみなして計算してしまっている。ちゃんと表を見ると、方法として「声かけ」と「ラベル」というものがある。これはどういうことかというと、声かけ実験とまとめてしまったこの実験、方法として「ラベルにありがとうと書いて、ごはんを入れた容器に貼る」だけのものと「ラベルにありがとうと書いたうえで、ごはんを入れた容器にちゃんと声を掛ける」というものがあるのだ。いくらなんでもラベルに字を書いただけでは効果はないんじゃないか、と思うけど一応分けて計算してみよう。

ラベル法の場合;プラスの言葉を掛けた場合:97%

        マイナスの言葉を掛けた場合:100%

        無視した場合:100%

声かけ法の場合;プラスの言葉を掛けた場合:76%

        マイナスの言葉を掛けた場合:100%

        無視した場合:94%

またプラスの言葉の場合の、マイナスの言葉の場合に対するリスク差はラベル法で-3%で信頼区間は-9%から3%。声かけ法で-24%で信頼区間は-42%から-6%。やっぱりラベル法に効果はなさそうだけど、声かけ法では両者に違いがあるようだ。

もうちょっと声かけ法を分析してみる。声かけで実験をしたものからさらに、対象がごはんで且つ1か月の時点の情報があるものだけ集めた。

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すると腐敗率はプラスの言葉の場合50%、マイナスの言葉の場合86%、無視した場合75%となった。プラス言葉の場合のマイナス言葉の場合に対するリスク差は-36%で信頼区間は-79%から7%。今度はサンプル数が少なすぎて、偶然なのか本当に違いがあるのかわからなくなってしまった。

 

「差があるかわかりません」だと面白くないので、声かけ法の全体で計算した結果を使って話を進めてみる。差が出たことになっているけど、どうして声かけ法では差が出たんだろうか?本当に言葉の力なんだろうか。

そもそも、この実験には元ネタがある。「水からの伝言」という本なのだ。Wikipedia先生によると

同書によれば「言葉のかけ方」とは、「に言葉を書き、水から見えるように文字の書かれた面を内側にして、水をいれたに貼ることである。あるいは「水の入った瓶に向かって声をかけ」てもよい。

つまりラベル法が先なのだ。声かけ法はあくまで別バージョンであるらしいので、もしそうならラベル法の方がより効果が出ないといけなさそう。でも今回の計算結果は真逆の内容になってしまっている。これはこの元ネタ本が間違っているから、ってことで良いでしょうか。がっつり「フィクション」って書かれてるし。

まぁ、元ネタの本が間違っていたからと言って「声かけでは違いは生まれない、今回の計算結果も間違いだ!」と結論しちゃうのはちょっと早急かなと思うのでもうちょっと分析します。

 

声かけ実験で違いが出たのはなぜだろう?

まず一つ、このために沢山調べていて何度か出てきた考察なのだけど、「『ありがとう』の方のごはんの方が先にふたを閉めたんじゃないか」ということ。ふたを閉めるまでの時間が長いほど、空中を漂っていたわけわからん細菌がより多くごはんや食べ物に降りかかると考えられる。1分あたり10~20くらいの細菌が直径10㎝ないくらいの皿の上に落下するらしいので、*1、「ありがとう」のごはんを先にふたを閉めて、「ばかやろう」のごはんを後にふたを閉めると最初から中に入っている細菌の数が全然違うことになってしまう。最初から入っていた細菌が多いほど早く腐るから、「ありがとう」のごはんの方が腐りづらい、という可能性はある。

また、「ありがとう」のごはんを先にふたをしたとすると「ありがとう」のごはんの方が熱い状態でふたをされたと考えられる。熱いごはんに温められた空気は膨張して薄くなるので、先にふたをされた容器の方が中の酸素が少ない可能性がある。酸素が少ない方がカビや細菌が育ちにくいということも考えられるし、もしかすると「ふたをされた時のごはんの温度の違い」も影響してるかもしれない。

 

他にどんな可能性があるだろう?声かけ法だけを表にまとめ直してみた。

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ここで注目すべきは、サンプル数が多い実験は、ほぼ全滅しているということ。また、サンプル数を増やして実験していた人たちは「『ありがとう』と声かけした方が長持ちするだろう」と信じていない状態で実験をしている、というところにポイントがあるんじゃないか、と思う。言葉の力を本気で検証しようとしたが故にサンプル数を増やしたと考えられるからだ。要するに、「言葉なんかにそんな効果はないんじゃないか?」と疑ってかかって実験をすると結果が出なくて、「ありがとうと声かけし続けた方が絶対に良い結果が出るはずだ!」と信じて実験をすると結果が出るんじゃなかろうか?

「言霊に力を持たせるには気持ちが大事なんだ!」という結論を持ってくることもできるでしょうが、「実験をした人のバイアスによって違いが生まれるんだ」というのが実際のところじゃないかなと思います。薬でも「プラシーボ効果」とかあるしね。でも、「じゃあ声かけで違いが出たのは単なる思い込みの問題です」と結論するのもまだ早いような気がしている。

「声かけで違いが生まれる!」と信じている人がやると実際に違いが生まれる。言霊には気持ちが大事?思い込みによるもの?それとも細菌やごはんに言葉が通じる?はたして、声かけの影響が出るのは細菌やごはんだけだろうか?確実に、言葉の影響を受けるものがないだろうか?

 

思うに、声かけで違いが生まれていたのは、声を掛けていたその人自体じゃないだろうか。それを疑ったきっかけは、ごはんじゃなくてリンゴの実験なのだけど。

教室で1ヶ月間行った実験。

実験では1つのリンゴを半分に切り、ジップロックに入れて箱に収めた状態で毎日言葉をかけ続けた。片方は褒め続け、もう片方はけなし続ける。きちんと密封されていたので飛んだツバが影響したということではなく、さらに同じ実験をした他のクラスでも一様に同様の結果が得られたとのこと。

瓶じゃなくてジップロックだったこと。場所が教室だったこと。他のクラスでも同様の結果になったこと。こういうことは考えられないだろうか?

毎日毎日、同じリンゴに声かけを続ける。片方は褒めて片方には罵声を浴びせる。毎日毎日続けて、はたして二つのリンゴを同じ扱いができるだろうか?褒めているリンゴにはだんだん愛着がわいてくる。まさか床にたたきつけながらリンゴに「ありがとう」と声を掛ける生徒はいないだろう。でも「ばかやろう」と声を掛けながらだったら?床にたたきつけるまで行かなくても、ジップロックを持って声をかけている時に手に力が入ったり、握りつぶそうとしてみたり、箱に投げ戻してみたり、鉛筆でぐりぐりつついてみたりしたかもしれない。褒めていたリンゴの方は優しく持ってみたりそっと箱に戻したりといった違いがあったかもしれない。実際にどうやって声かけをしていたかはわからないけど、同じリンゴだったとしても声かけを続けるうちに扱いに差が出ていったことは考えられないだろうか。

もともとは何の思い入れもない、同じリンゴやごはんだったのが、ひたすらに褒めひたすらに罵倒するうちに扱いが変わってしまう。声かけ実験で一番影響を受けているのは実験をしていたその人自体じゃないか。思ってないことであってもとりあえず口に出しているうちに自分の気持ちに影響を与え始める、という話は聞いたことがあるだろうしそういった実験もあるけど、この「声かけ実験」はまさしくそれだと思う。「言葉で本当に違いが出るのか?」と疑って実験していた人たちは極力平等に接するよう気を付けていたはずだし、ごはんや果物の腐り方に違いが出なかったのも納得がいく。

いじめなんかでも同じような状況がありそうだ。別に最初はなんでもないクラスメイトだったのに、一度罵倒しだすとひどい扱いをしてもいいような気がしてくる。実際には何も変わらない、同じクラスメイトだというのに!同じ道徳の教材にするのでも、「言葉の力です」という話にするのではなくて「掛ける言葉によってあなた自身が影響を受けてしまうのだ」という話にしたら良かったんじゃないかと思います。

 

今回のまとめとしては、結論ありきで話をしちゃわないようにしたいな、ということです。自分も「いや言葉の違いでごはんが長持ちするわけないでしょ」「エセ科学じゃないか」で終わらせてちゃんと考えてこなかったんだけど、今までのバイアスを取り除いて考えてみるとちょっと違う結論が見えてきた。うさんくさい結論だからと言って実験の結果まで嘘だとは限らない、かもしれない。できるだけ偏見を取っ払って物事を見るようにしないとなぁ、と思いました。

(ちなみに、本気で言葉による腐敗の違いを調べたかったら、殺菌したごはんを同じ温度で大量に用意して同量の細菌もしくはカビをまく。そして定期的にごはんに増えた細菌の数、カビの数を測定する。というようにやらないといけないと思います。どこかの微生物研究所とかそういった施設じゃないと無理だろうなぁ。)