初めての運転の話

免許を持っているみなさんに聞いてみたいのだけど、免許を取ったあと初めて運転した時のことを覚えているだろうか。最近は免許を取るだけ取ったけど結局ほとんど乗っていない、という人も多いらしい。まあ自分もそんなペーパードライバーの一人で、30万円かけて新しい身分証明を手に入れただけになっていた。

大学1年生の夏に免許を取ったはいいものの、実家の車は自分が運転できる保険の設定じゃないので練習はできず。そもそもそんなに駅が遠くなかったので車で出かけるほどのところも特にない、という状況だった。車に乗る必要性がなくて気軽に乗れる車もないとなると、まぁ全然運転する機会もないままだらだらと月日だけが経つ。気が付いた時には一年くらい運転していなかった。

そんなある日、運転するチャンスが訪れる。いやピンチと言った方がいいかもしれない。チャンスはピンチの裏返しとはよく言ったものだなぁ。全然感心している場合ではなかったのだけど。

 

当時、所属していたサークル・部活では発表会のシーズンだった。発表会は池袋のそこそこ大きな劇場というかホールを借りて、ステージの上で大きめの道具を使ったり使わなかったりするものだったのだけど、この大きめの道具というのが電車で持ち運ぶにはかなりしんどいものだった。なので、毎年この大道具を運ぶために2トンのトラックをレンタルして、部員が会場と大学の部室との間を運転していた。なんとこのトラックを運転しろというのだ。

ここでこの時の状況をまとめておくと、

・免許を取っただけのペーパードライバーで

・最後に教習所で運転したあと一年間1度も車を運転していないやつが

・2トントラックを

・池袋から渋谷の間(渋谷で借りたトラックだった)

・発表会後、つまり夜

・道のりは一回だけ助手席に乗せて見せられただけで

・カーナビはなく(バックモニターになっていた)

運転しろ、という。

無理じゃん。絶対無理でしょ。運転経験があったって、2トントラックなんて運転したくない。中型免許というのが廃止になってから普通免許でも2トントラックは運転できるようになったとかで、法律的には問題ないらしかった。でも、常識的に無理じゃない?

ところがこの発表会の前の時期というのは緊張感と根性論が高まっているタイミングで、ぶっちゃけるとみんな冷静な判断力を失っているので、発表会のスタッフを仕切っていた先輩はこんな無茶な依頼をしてきてしまったのだ。当然、「無理です、絶対無理」と何度も断ったしペーパードライバーであることも1年間全く運転していないことも言ったのだけど、「大丈夫大丈夫、みんなトラックなんて運転したことないから」などと言って結局押し切られてしまった。たぶん自分も冷静な判断力が欠けていたんだろう。

今なら、事故にあったら誰が責任を取るのか?人に押し付けておいてもし事故が起きたら責任逃れをするつもりじゃないだろうな!などときっぱりと断り「お前の頭、おかしいんじゃねーの」と言えるだろうけど、引き受けることになってしまった。毎年の引継ぎがあるから誰かは運転しなきゃいけないんだよ、などと言われたのでもうしょうがない、腹をくくってやるしかない、と思って家の車で練習をしよう、と思った。が、親は「そんなトラックの運転なんて危ないからやめなよ」と至極まっとうなことを言ってくれた。「代行運転とか頼んであげようか?」とまで言ってくれたのだけど、借りたレンタカーに代行業者が乗るとか意味がわからなすぎるし、部とのお金の問題もめんどくさくなりすぎるから、と言って断ってしまった。やっぱりおかしかったんだろうね。それより家の車で練習したいからなんとかしてよ、と言ったけど親は「うーん、それは・・・」みたいな反応になってしまった。いや練習はさせてくれよ。親もおかしかったのかもしれない。結局、そのまま一度も練習することなく当日になってしまったのだ!

 

最悪の展開ですね。発表会自体は無事終わったのだけど、自分も出ていたのだけど、はっきり言ってトラックの運転が心配すぎてそれどころではない。終わったあと周りの人は「終わったねー!」みたいな話をしつつ達成感で話が盛り上がっているのだけど、それよりも早く撤収してくれ!トラックに荷物を詰め込め!レンタカーの返却時刻は決まっているので、撤収がふぬけたやつらのだらだらで長引けば長引くほど「ぼくのはじめてのトラックうんてん」に使える時間がなくなってしまう。依頼してきた先輩もだらだらと撤収を長引かせていたので正直殴ろうかと思った。殴らなかったの、ほめてほしい。ノーベル平和賞を受賞してもいいでしょ。

散々せかしてようやく積み込みが終わる。残り時間は1時間半とかだったと思う。積み下ろしの時間も考えると制限速度を守ってたら間に合わないんじゃないか、そのくらいのギリギリだった気がする。助手席に一人乗ってもらったのだけど、こいつも別に免許を持っているわけじゃなかった。いざ、地獄のドライブへ出発・・・!

 

一年前の記憶をたどりながら、ギアをバックに入れて駐車場から出る。正直ウインカーとワイパーがどっちだったかも怪しい。アクセルは右。ブレーキは左。もたもたするけど、もたもたしているとレンタカーの返却時間に間に合わない。雨が降ってなかったのは幸いだけど、良かったのはそこくらいで残りの条件は全部最悪だ。駐車場を出て、一回見ただけのおぼろげな記憶から道を曲がる。が、行きの道のりは見たけど帰りの道のりを見たわけではなかったので早速曲がるところを間違えてしまう。助手席の「おいちょっと!ここ一方通行の出口だから進入禁止じゃないの!?」という声で気づいて、慌ててまたバックする。トラックの運転席だと視界が全然違うし、何しろ一年ぶりの運転なものだから標識を見落としてしまいやすいのだ。刻々と過ぎる時間。詰みじゃん。

何とか大通りへ。自分はほぼ東京の地理がわからなかったのだけど、助手席の彼は東京生まれ東京育ち、悪そうなやつはだいたい友達とまでは行かないけど東京の地理はそこそこ頭に入っているらしかった。2人であんまりわからない道をカーナビもないまま「たぶん合ってる、大丈夫」と励ましあいながら進む。助手席に乗ってる方だって気分は最悪だっただろう。この前聞いたら「あー、あったっけそんなこと」と言ってたけど。

 

池袋の何が問題かというと、まあ車通りが多いこと、左側一車線はほぼ路上駐車で埋まっていること、油断しきった歩行者とか自転車が多いこと。いくらでも事故を起こせる。起こしたくなくても起きるだろう。初めて路上教習に出た時よりも緊張していたと思う。だって助手席にはブレーキなんかついてないし、免許を持ってないやつが乗ってるだけだ。助手席からブレーキを踏んでくれることがこんなにありがたかったとは。制限速度ギリギリかちょっとオーバーくらいで走った、と思う。時間が足りなかったところで、ペーパードライバーに速度を出す勇気とかない。初めて路上教習に出た時と、そこは同じ。

走りながら、やたら時速とかの表示が暗くて見づらいな、と思う。要するに、ヘッドライトをつけ忘れていたのだけどその時は全然気が付いていなかった。これは池袋と渋谷の間だったからだろうけど、電灯・街灯・ショーウィンドーや看板の明かりで道がそれなりに明るかったのでライトをつけ忘れていたことに気が付かなかった。警官に捕まらなかったのは幸いだけど、むしろ止めて警察権力で運転をやめさせたりして欲しかった。

途中案の定道を間違えそうになる。「しまった、ここが右折する場所だ!」ということで信号待ちの間に頑張って車線変更したり。一応ラインが白線であることは確認しました。その後も助手席から「ここで曲がらないといけないんじゃない?」とか教えてもらいながらなんとか道を間違えずに進む。いや本当は間違っていたのかもしれないけど、結局目的地には着いた。

まずは積み下ろしだ。積み下ろしのあと、今度はレンタカー屋へ返却に行く。積み荷がそれなりに入っていたときと比べてやっぱりブレーキの効きが違う。積み荷ありではなかなか止まらなかったトラックがピッと停まる。あと、積み下ろしのあとで初めてライトの付け忘れに気が付いた。積み下ろしをした場所あたりはちょっと郊外よりだったので、街灯が少なくて暗かったから。その後のレンタカー返却は、それまでの道のりよりはわかりやすかったし、特に問題なく返却することができた。地獄のドライブは、運転にかなり怪しい部分はあったもののなんとか事故なく幕を閉じた。

 

その後、あまりにも危険である、少なくとももっと運転技能のある者に任せるべきであった、という当たり前すぎる主張がちゃんと受け入れられ、その後のトラック運転は業者に頼んで行うことになった。しかもその料金が意外と安くて、レンタカーを借りて運転するのとほぼ値段が変わらなかった、というのがこの話のオチです。

ここから得られる教訓としては、所詮大学生なのでどんなに自分からまともな先輩に見えていたとしても責任がどうとか事故がどうとかの想定が全然できていないこと、リスクの見積もりもとにかく甘いこと、集団の中で引き継がれてきたことはちゃんと検証されることなく次に押し付けられやすいということ。「今までこうだったから」「大丈夫だったから」なんて理由で深く考えることもなく続けるのは危険だ。ちゃんと「今まで続けられてきたこの制度は意味があるのか?」「どうしてこの方法なのか?」「もっと良い方法があるんじゃないか?」ということを面倒くさがらずに考えてみることが大事だと思う。今回は事故を起こさなかったからいいものの、冷静な人間なら誰がどう見たって無謀だった。今は業者の完璧かつスピーディーな運転に加えて積み込みまでプロなので安心して後輩たちは発表会に臨んでいる。彼らはたぶんそんな制度があったことももはや知らないんだろうけど、伝統を疑ってかかる精神を持っていてほしい、と思います。おしまい。